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【新・関西笑談】混迷時代の改革リーダー(4)(産経新聞)

 □浄土真宗本願寺派総長 橘正信さん

 ■必ず壁にぶつかる自己中心主義 お寺が居場所になれば心が豊かに。

 --800年以上続く、自坊の圓勝寺(岐阜県本巣市)は、定年退職者の貴重な交流の場となっています

 橘 定年退職した団塊の世代の人をまざまざと見てきました。定年まではエリートとして活躍していた人が、2カ月もたつと気の抜けたような生活になる。最初は「長い間迷惑かけた」と夫婦で旅行などに行きますが、その後は別行動となるんですね。

 --どんな相談を受けてきたのですか

 橘 ある人は、毎日決まった喫茶店に行っていたが、3カ月もすると疎まれる雰囲気になり、仕方なく電車でぐるぐる市内を回っていたと言います。これも飽きてしまう。主婦は多方面に接触がありますが、ご主人は本当に孤独な人生を送ることになる。お寺に来なさいとなるわけです。

 --何をされるのですか

 橘 うちは田舎ですが、観光客の方も多く参拝してくださる。そのうち、庭で花を作ろう、ベンチも作ろうとなりました。みな楽しみに来てくれます。そのベンチに私が座り、雑談で家族の話を聞いたり、人生相談に乗ったりということが自然に生まれました。

 --寺に自然と人が集まる理想の形ですね

 橘 楽しいですよ。喫茶店に行くとお金がかかりますが、お寺ではおにぎりを食べながらおしゃべりをし、汗をかきながら奉仕もする。日曜には家族で来て、庭でご飯を食べたりしています。

 --「混迷の時代」といわれ、むなしさを感じる人が増えています

 橘 宗教には一つに「感動」がある。生きている感動がなければ、むなしい。自分さえよければと頑張っているときはいいが、自己中心主義は、必ず壁にぶつかります。親鸞聖人は「本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」とおっしゃっています。

 --どんな意味でしょう

 橘 いかなる環境でも人生にむなしさを感じるのが一番つらい。煩悩とは分け隔てをすること。「あいつがどう」「こいつがどう」と言って苦しむのです。それが、お念仏によってとっぱらわれる。「あなたの命も私の命もみな一つであり、互いに敬い、助けあう生き方にこそ満足感が得られる」ということです。親鸞聖人が生きた鎌倉時代は戦乱に明け暮れ、今より大変だったと思います。だからこそ、多くの庶民は本物を求め、このすばらしいお念仏のみ教えを頼りにしたと思います。

 --寺はなぜ遠い存在になったのでしょうか

 橘 かつては人々の語らいの場、娯楽の場所だったのが、いつのまにか法要儀式だけが残った。儀式や法要によって無常の命に気づかされ、命の尊さに目覚める場としての役割はありますが、今は葬式や法事なども少なくなっています。盛んだった日曜学校も今は子供が少なく、塾などもあって寺に来る暇がない。外部にもいろいろ誘惑がある。しかし、お寺が居場所になると、心が豊かに育つと思いますよ。特に小さい時はご縁があるようにしなければいけません。

 --そのためには、どんな工夫が必要ですか

 橘 自坊では昔、盆踊りや相撲大会を催していました。今は一般的に避難場所になっている程度。子供の居場所になるようにいろいろ工夫したり、大人に楽しんでもらうには、ジャズコンサートや落語会をしたりして、同時に法話も聞いてもらう。老人施設や喫茶コーナーをつくっている寺もあります。現代には現代のスタイルがある。私は結構だと思います。(聞き手 嶋田知加子)

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